研究タイトル

避難行動要支援者選定基準の定量的評価方法の検討
―奄美大島宇検村における台風・高潮対応での個別避難計画の策定―

研究代表者

共通教育センター 教授 岩船 昌起

地域課題および目的

研究の背景・地域課題

南西諸島では、「高い島」と「低い島」に大別される。「高い島」では、居住域の大半が沖積平野上にあり、これらを取り囲む急峻な山地には家屋等がほとんどなく、水害の恐れが生じた際に「立ち退き避難」できる「高台」に乏しい。近年、地球温暖化による台風強度増加の恐れがあり、高潮による海面水位上昇による低標高地域での被災が懸念されている。また、地籍調査の遅れで治山、砂防等事業が未実施であり、土砂災害の危険性も大きいままである。

宇検村では、居住域のほぼ全てが急峻な斜面に囲まれた沖積平野標高5m以下にあり、高潮による被災が想定され、「高い島」である奄美大島のモデル地域とみなせる。申請者(代表者)は、鹿児島県専門防災アドバイザー等として、宇検村で避難所運営や避難計画にかかわるワークショップを2020年度に2回行った。2021年度には、個別避難計画と要配慮者名簿の作成および作成後の訓練の方法や住民への啓発等についての協力依頼を宇検村から受け、5月28日開催の村防災会議で「防災アドバイザー」的な契約を結ぶ予定である。

また、宇検村以外の奄美大島市町村についても、2020年度に、地域保健福祉活動連絡協議会名瀬地区協議会で、奄美市、龍郷町、瀬戸内町、喜界町、大和村の危機管理系と保健福祉系の職員に、台風10号対応の振り返りを含めた避難所運営や避難計画にかかわるワークショップを2回行っている。宇検村と同様に沖積低地に立地する居住地があるこれらの市町村では、宇検村での個別避難計画の策定のプロセスを共有することは、それぞれの市町村での災害対策を考える上で有意義である。

目的

申請者らは、モデル地域である宇検村で、高潮浸水の恐れが低標高地での個別避難計画を具体的な立案を支援する。その際、避難行動要支援者を要配慮者の中から選定・リスト化する際に、集落や担当者ごとに基準が異なるという課題に対応するため、本研究では、特にこの基準の定量的評価方法の開発を試みる。例えば、(1)個人特性(認知、体力、家族関係、隣人関係、防災情報入手能力・手段等)、(2)居住環境(自宅の強度、標高等の立地、避難場所までの経路毎の距離や行動障害等)が判断基準として考えられる。

研究の方法

(1)個人特性にかかわる住民個人データについては、宇検村および宇検村社会福祉協議会が有するものに加えて、聞き取り調査等で新たに補完する必要である。(2)居住環境にかかわる家屋や地理空間等データについては、聞き取り調査や既存のゼンリン住宅地図や地理院地図の判読・分析等から得る。

代表者の岩船は、東日本大震災被災地の岩手県宮古市で仮設住宅の立地環境や住民の体力等を定量的に評価して、仮設住民の生活を支援するための研究を行ってきた(岩船、2016)。また、岩手県山田町の公式震災記録誌等で住民個別の避難行動を災害記録として残してきた(山田町、2017)。そして、これらの研究方法を援用・応用して、2020年度から宇検村でワークショップを実施し、地区防災計画の基盤となる地区避難計画の作成に着手している。本研究では、これらと連動させ、かつ「タイムライン」等を意識しながら、湯湾地区をモデル地区として個別避難計画の作成を支援する。そして、高齢者心理学専門の安部教授および島嶼の保健師の業務に明るい稻留講師にも参画してもらい、多角的に、避難行動要支援者の選定基準を検討したい。

研究計画としては、次の通りである。4月27日に宇検村職員等と遠隔打ち合わせを行い、「防災アドバイザー」的な契約手続きの開始が5月28日開催予定の宇検村防災会議が了承される見込みである。6~7月頃にメールやZoomで適宜情報交換しつつ、個別避難にかかわるアンケート調査質問票等の作成を行い、宇検村および宇検村社会福祉協議会にアンケート調査を行ってもらう。回収された質問票をPDFファイル等で送ってもらい、①個人特性や②居住環境にかかわるデータの解析を行う。8月下旬に宇検村避難訓練に鹿大3教員が参加し、仮作成した個別避難計画がモデル地区(湯湾地区)で有機的に機能するかを検証する。その結果に基づき、9~10月で、地区防災計画や個別避難計画の再調整を行い、11月に、鹿児島大学と宇検村で共催するシンポジウム(鹿児島県災害対策課や奄美群島市町村からの後援等を頂く予定)を実施予定。成果について、学会で口頭発表を行い、学術雑誌にも投稿する。

研究費として、8月下旬と11月の旅費(75千円×6人)、入村前後のPCR検査(JAL国内線PCR検査サービス2千円×12回)、印刷費26千円を計上する。

なお、本研究での防災教育教材については、岩船の科研費研究の一部を活用し、奄美群島他市町村でのワークショップについては、鹿児島県専門防災アドバイザー活動と連携する。

2021年度の研究成果

本研究会では、宇検村湯湾区をモデル地区として「高潮浸水の恐れが低標高地での個別避難計画の具体的な立案を支援する」ことが目的である。そのため、避難行動要支援者選定基準の定量的評価方法を、(1)個人特性(認知、体力、家族関係、隣人関係、防災情報入手能力・手段等)、(2)居住環境(自宅の強度、標高等の立地、避難場所までの経路毎の距離や行動障害等)の面から検討することとしていた。しかしながら、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する引き続きの警戒から対人的な調査を実施できず、(1)個人特性にかかわる面での定量的評価方法の開発に取り組むことができなかったが、(2)居住環境にかかわる面で、対象者を避難行動要支援者のみでなくモデル地区全住民として研究を着実にすすめた。そして、ワークショップ1回およびシンポジウム1回の開催を経て(1)個人特性にかかわる定性的な情報を補いつつ,避難行動要支援者も含めた全住民にかかわる、宇検村における台風高潮による浸水段階に応じた避難計画の素案を完成させた。
まず,家屋分類の結果,モデル地区の湯湾区では,木造1階の家屋(住家と非住家)が多く,RC造2階以上の建物が役場や村営住宅等に限られることが分かった(図1)。地盤高が未測量であるものの,役場前の一等水準点(標高 2.7364 m)から(国土地理院HP),居住地が広がる沖積低地では標高2~4 m程度と推測される。また,高潮警報と高潮注意報の潮位は,2.4 mと1.5 mである(気象庁HP)。
津波襲来に対しては,自家用車等を活用して高所避難が可能だが,「猛烈な」台風襲来時には,暴風も伴い,車中避難ができない。また,COVID-19等、感染症対策も考慮すると,避難所のみに避難者が集中する状態も避けるべきである。村内の頑強な建物を可能な限り有効活用して避難者生活空間(個人占有区画一人当たり4 ㎡以上,通路幅1 m)を十分に確保した分散避難が,台風時の避難場所として望ましい。
そこで,「災害に係る住家の被害認定基準運用指針/浸水深による判定」も参考に(内閣府HP),浸水段階ごとの避難対象家屋と避難可能場所等が整理された(表1)。潮位1.5 m以上2.4 m未満が高潮注意報発表時で,レベル3(高齢者等避難)相当である。潮位2.4 mに達すると高潮警報が発表され,レベル4(避難指示)となる。さらに潮位が上昇すれば,防潮堤の高さを潮位が上回り,海岸・河川沿いの家屋で床下浸水が始まり、レベル5(緊急安全確保)相当となる。この時道路が既に浸水しており,レベル4以降他家屋に徒歩移動できなくなる。レベル5では,潮位が高い程,家屋の被災度合い(床下浸水~倒壊・流失)が大きくなる。従って,レベル3までに,後の潮位最高値が明確に予報され,避難可能場所が的確に判断されないと,潮位上昇に伴い死傷者が発生する恐れがある。
本避難計画において肝要な部分は,レベル測量での地盤高の把握である。これによって、個々の家屋とそれぞれの避難経路が浸水開始する潮位を確認することができる。また,宇検村の場合、防潮堤の天端の高さに設定されている「気象庁高潮警報の基準値」についても、妥当な値か確認できる。特に、後者の課題については,気象庁名瀬測候所と連携を取りつつ調査を行い,湯湾地区については今年度中に調整予定である。一方,全住民を対象とした避難計画の概要が明らかになることによって,避難行動要支援者の避難についても,全住民避難の枠組みとのかかわりで考案でき,本事業での成果に基づき,宇検村では,地域防災計画の枠組みの中で個別避難計画を今年度中に策定する予定である。
【ワークショップとシンポジウム】
・宇検村「防災ワークショップ 湯湾地区での個々の避難行動を考える-台風高潮対応での地区防災計画立案のために-」やけうちの里 大ホール,2021年9年23日.講師:岩船昌起 ※本学への主催申請が遅れ、宇検村単独主催
・宇検村・鹿児島大学 「防災シンポジウム 奄美大島における台風・高潮対応での避難計画を考える ~『高い島』のモデル・宇検村湯湾地区を例に~」
宇検村生涯学習センター「元気が出る館」大ホール、2021年12年19日.登壇者(研究会構成員):岩船昌起,安部幸志,屋宮徳樹,浅尾晋也,藤村茂樹,堂園和吉,印南百合子
<参考>鹿児島大学HP/宇検村・鹿児島大学 防災シンポジウムを開催
https://www.kagoshima-u.ac.jp/topics/2022/01/post-1867.html

今後の展開

次年度以降の課題として,次が挙げられる。①高潮警報の基準値より低い潮位で,防潮堤の切れ目や河川を遡って浸水する事例が奄美大島内で生じており,宇検村の他の行政区(集落)ごとに浸水想定箇所を測量等して,高潮警報の基準値を行政区ごとに見直す必要がある。また,②家屋個々の安全性を確認するためにも,居住域での標高をパーソナル・スケールで把握する。上記①を特に克服できた行政区については,③浸水想定ごとの避難対象と避難者数を特定し,④堅固なRC造2階以上の建物への避難を基本として,宇検村全体での学校等避難所での定員との兼ね合いから,個人宅避難の整備を進める。⑤一方自主防災組織の再編成等を進め,住民連携をさらに強化する。⑥COVID-19感染状況等によるものの,今年度実施できなかった(1)個人特性にかかわる面での定量的評価方法の開発に取り組む。

なお,宇検村は、居住域のほぼ全てが急峻な斜面に囲まれた沖積平野標高5m以下にあり、「高い島」である奄美大島のモデル地域とみなせる。ここで,高潮警報・注意報および避難警戒レベルと関連付けた避難計画を粗いながらも作成できたことは,奄美群島全島での低標高地域での台風高潮対策についても同じ方法論を持って検討できることを意味する。今後は,宇検村だけでなく奄美群島他市町村についても研究対象として取り組み,本研究の社会実装を進めていきたい。

また,このための外部予算獲得,来年度以降での研究体制等については,現在検討中である。

 

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