研究代表者

理学部 助教 渡部 俊太郎

地域課題および目的

本プロジェクトでは、以下のテーマについて取り組む。

~鹿児島県内の「ウエルネス」に資する地域観光資源について、付加価値の向上につながる学術的PRデータを収集することで地域観光資源を磨き上げる~

研究の概要

鹿児島県の大隅半島、特に木場岳周平の植生の調査を行いその特徴を明らかにすることで、地域の観光産業のシーズとして位置付けることを目指す。鹿児島県には日本全体のおよそ1/6に相当する種の数の植物が生育している。こうした豊かな植物相は生物学的に意義深いだけでなく、地域の自然景観という観光資源としても重要である。近年シカの個体数増加とそれに伴う食害により野生植物が集団レベルで消失する事態が起こっており、日本各地で自然景観の劣化や観光資源の劣化を引き起こしている。こうした状況の中、大隅半島は現時点ではシカの生息密度が非常に低い全国的に貴重な地域であり、現生状態に近い照葉樹林が現在も維持されている。こうした景観を適切に保全できれば今後、観光資源として価値が大きく高まることが期待される。本申請では大隅半島の中でも特に植物の多様性が高い南大隅町の木場岳周辺を踏査し、貴重な景観を観光資源として維持していくための植生の基礎情報を提供する。

期待される成果

シカによる植生被害は全国で深刻化しているが、有効な解決策は現在もなお見つかっていない。このため現在の大隅半島のように自然が残されている場所では、問題の顕在化に先行して保護を行う必要がある。こうした取り組みは全国の森林がシカの影響で観光資源としての魅力を相対的に低下させている状況に鑑みると、大隅半島の価値を高める重要な取り組みとなることが期待される。本申請で、大隅半島の植物の貴重性とその位置付けを明らかにすることで、その成果が景観の保全の基礎情報となるほか、長期的には大隅半島の原生林を活用したエコツーリズム等の創出につながると期待される。

2020年度の研究成果

シイ、カシ、タブなどの常緑広葉樹林が優占する森林は照葉樹林と呼ばれ、中尾佐助の提唱した「照葉樹林文化論」に代表されるように日本列島の文化や生活の基層をなす森林帯であると位置付けられている。しかし、照葉樹林は中緯度の低標高地を主要な生育地とすることから、有史以来、農耕や宅地化、植林などによって面積が減少し続けている。このため照葉樹林が日本の国土に占める割合は僅か1.6%に過ぎない。さらに近年、高密度化するシカが照葉樹林にも侵入したことで、照葉樹林に生育する多くの植物がシカ食害により個体数を減少させている。こうした中で、大隅半島周辺にはタブノキ、イスノキ、アカガシなどが原生の姿をとどめる貴重な景観が残存しており、この景観は今後自然保護および観光の双方の視点からますます重要なものになると考えられる。本申請では、大隅半島周辺に残存する原生照葉樹林のフロラや森林の構造を解明することを目標に植物の現地踏査を行った。植生調査を実施した結果、シカの食害により個体数が減少してしまう林床のシダ植物が豊富に維持されており、原生状態の照葉樹林が維持されていることが明らかになった。また、高木の幹に着生するラン科の植物についても、高い多様性が維持されていることが明らかになった。

今後の展開

原生照葉樹林を観光資源として活用する試みは、宮崎県の綾町で既に実施されている。今後は先行する自治体の取り組みとの比較・差別化が必要になると考えられる。申請者は昨年12月に綾町にも出張する機会があり、大隅半島と綾町の双方の様子を目の当たりにすることができた。その中で特に、①多数の大木が大面積で保全されている点、②焼酎販売を含めた飲食とのコラボレーションに綾の特徴があると感じた。その一方、綾の照葉樹林はシカの食害により特に林床の植生が衰退しているように感じられた。今後、綾町との差別化を図る上では、豊富なシダやコケなど、綾町で既に失われてしまった自然風景の様相を上手にアピールすることが重要になると感じられた。

 

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